235、はやとちり

栃の実の灰汁をぬき、粉をそばにまぜてつくる麺は、素早く作らないと固くなって麺状にならない。この素早く行動することが「はやとちり」の語源で、転じて失敗することを「とちる」と言うようになったらしい。

今、世界中でワクチン開発競争が進められている。DNA型ウィルスであるインフルエンザに比べて、RNA型コロナウィルスは変異しやすく、ワクチン開発は難しい。その上、開発したワクチンの安全性と有効性を確かめるのに数年はかかると言われる。

ウイルスの発見は1892年、ロシアのイワノフスキーで僅か120年程前。その出現は、単細胞生物誕生時までさかのぼる。それ以来、ウイルスは他の生物の細胞に感染することで種を維持してきた。古いレトロウイルスの中には、RNA情報を感染した生物のDNAにまぎれこませることで共存する道を選んだものもいる。これが私たちの「自然免疫システム」の一部ともなっており、近年の研究によって私たちのDNAにその痕跡が残っていることも分かってきた。

つまり、新型コロナウイルスは人間とは共存してこなかったウイルスであり、共存していた洞窟のコウモリから、新たな巨大市場である人間と共存することを目的に、感染という作戦をしかけてきたともいえる。

それならば、新しい宿主になる人間の生命を奪ってしまうのは失策であろう。ウイルスはそのことに気づいた段階で、RNAを変異させて毒性を下げる方向へ転換することは必要戦略である。ウイルスの感染目的を一義的にとらえるのは「はやとちり」なのかもしれない。

さて、ワクチン完成への願いは「はやとちり」で、早期に臨床化してもらいたい。しかし、RNA変異のはやさゆえにワクチンの有効性は「とちる」可能性が大きい。一方、ワクチンの安全性は「とちらぬ」ことが絶対である。

極端な話、ウイルスは人類にとって先輩であり、宇宙からの侵略者ではない。長い尺度で考えると、いずれ人類の「自然免疫システム」に組み込まれ、逆に宇宙人の侵略から守ってくれる共存者である。願わくば、お互いに「はやとちり」しないために早期共存協定を交わしたいものだ。

(2020年8月28日@nortan)

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