戦前生まれの兄弟の会話である。
「最近、どうや?」
「そうやなあ。」
「ぼちぼちか?そやったら、あれはどうや?」
「まあまあやなあ。」
「そうか。」
「うちは、こないだ、あれがあったけど、もう年やで止めにしたんやわ。まあ、そんなんやけど、なんとかなって良かったわ。これから、どうしてこかいなあ?」
「そうか。たいへんやったな。まあ、こっちもなんとかやっとんで、心配せんでもええでな。」
「分かったわ。そっちに行こうと思とったけど、心配かけるとあかんで、また電話するでな。」
「ありがとう。そうしてくれるか?」
こんな会話をさせてやれたのが最期だった。隣で聞いていた私には、ほとんど分からないが、父と伯父は通じ合っていた。ディープラーニングやAI技術をしても解読できない、ふたりにしか分からない「ツー・カー」という最高のセキュリティ技術だった。
今、国会で「パソコンを使わない。」と答弁したサイバーセキュリティ担当大臣が、海外のメディアに「それこそ、究極の対策だ。だれも大臣の情報を盗めない。」と批判・称賛?されているが、大臣は最高の専門家でなくても、職責のために自ら学び、国民のために部下である専門家の能力を最大限に引き出してくれる献身の人選であれば良い。さて、サイバー空間での日本の守りは危機的だ。結果で、大臣としての腕前を見せてもらいたい。我か国の未来にとって重要な役職である。しかし、オリンピック担当と兼任であることや、「USBメモリーは…か?」といった非建設的な質疑答弁に時間を浪費することは如何なものだろうか。(2018年11月19日@nortan日本語の難しさこそ、最高のセキュリティかもしれない)