35、空気や水のように

1995年の阪神淡路大震災、倒壊した高速道路や燃えつづける神戸の街の映像に衝撃を受ける中、職場で「ボランティアとして神戸の避難所に行こうという人はないか?」「どんなことをすればいいのですか?」「与えられる仕事は、水もなくトイレが大変なので、バケツで水を運んでのトイレ掃除だ。」と言われたことを思い出す。その時の職責を放り出して現地のトイレ掃除に行くべきかの選択を戸惑った。その後、新潟大震災、東北大震災でも襲い来る津波の衝撃的映像、そして今回の熊本大震災。被災地の人々が苦しみ助けを求められていることに違いはない。一方、この20年間にボランティアが何をすべきか、私たちの意識も高まってきたように思う。「ボランティアの現地への入場制限を行います。宿泊・食料・水・移動手段等は自らまかなって下さい。」「テレビ局等は、報道の競い合いのために被災者の心に土足で入りこまないでほしい。」「有名芸能人がお忍びで炊き出しに来てくれて嬉しかった。元気をもらった。」「当コンビニでのみなさんからの募金は2億円となり、両県に寄付しました。ありがとうございました。」「有名クリニックの社長が自家用ヘリコプターで東京から物資を運びこんだ。」「千羽鶴の気持ちは嬉しいが、保管場所がないので現地には送らないでほしい。」「自衛官を批判するツイートをした有名人がいるが、発生当初から必死に頑張っているのを知らないのか。」これらニュースやネット上に流れる言葉から、私にできるボランティアとは『空気や水のように目立たず当然に、我がことのように思い、社会生活や家庭生活も維持しながら、身の丈でできることを考え実行すること』だと気づかされる。政治家なら緊急の施策の実施、医薬品製造業ならそれらの搬送、避難所の職員なら避難所の運営。小中学年ならお小遣いの一部を募金箱へ、トイレットペーパーやペットボトルの水が現地へ多く流れるように購入を控えることだって立派なボランティアにちがいない。20年来の戸惑いは「日々不気味さを増し、来たる巨大地震」で居住地が現地となった時に解消するのかもしれない。その時、名前も知らされない多くの人たちの『空気や水のような善意』をしっかり受けとめられるよう、心の受信器を研ぎ澄ませておこうと思う。さて、阪神淡路が21年前・新潟が12年前・東北が5年前・熊本が今年。4年後の2020年には、それぞれ25年前(5の2乗)・16年前(4の2乗)・9年前(3の2乗)・4年前(2の2乗)となることに気づいた。単なる数字のことだが、次の大震災は東京オリンピックに向けて3年後、そしてその1年後…と恐れる。心を研ぎ澄まそうと言っておきながらも感が鈍っていることと、被災地の復興を願い、立ち寄ったコンビニの募金箱をチャリンと鳴らした。(2016年4月30日@nortan)

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