名優・笠智衆演じる主人公周吉。妻とみとの会話で静かに「そうかい…」と呟く場面が瞼と耳に残る。未来に残したい映画として、世界中で支持される小津監督の「東京物語」をようやく視聴することができた。1950年代初め、終戦を乗りこえ経済成長をはじめたばかりの日本の風景、街並み。モノクロームで、どことなく懐かしい。妻とみの葬儀後、仕事の忙しさを理由に東京に帰る子どもたちに「そうかい。もう帰るのかい。いやぁ一」とぽつりと呟く周吉。「もう少し、居ればいいのに。」とは決して言わない。経済成長まっしぐらの世の中、大切なものが家族から仕事に変わった。周吉にとって「いやぁー」が精一杯の自己主張だ。我が父も、10才の夏、ラジオで敗戦を聞いた世代。平素、我を主張する姿は見たことはないが。ただ1度だけ、退職前に酒に飲まれて息子に不満をぶつけたことはあった。その後は、結婚・転居・手術など人生の決断を「そうか。」と息子に委ね続けた。「東京物語」を2度見直した。周吉も旧友との久しぶりの酒に「わしも不満じゃ。」と心奥をもらすが、その後「それは親の欲と云うもんじゃ。」と自分を抑えこんでしまう。周吉の「そうかい…」と父の「そうか。」が重なった。見終わって、林檎の匂い(己羅夢11)というより、田んぼの土の匂いがした。戦後70年、豊かな日本に生まれかわることができたのは、必死に働いた世代があったからだけでなく、黙ってそれを見守り、新しい時代の肥やしとなった世代があったからだと理解する。透析と介護サービスの日々で、「今日は、どうだった?」の会話に「おう。」としか言わなくなった父に、モノクロームの時代を思う。(2015年12月10日@nortan)